開拓農家で育った私は、何事にも疑問を持つ性格だった。
自然の中での暮らし、朝目覚めると父が幼かった私をホカホカの手拭いで
顔と手を拭き髪もなぞってくれた。その側で祖母は掃除、朝食は母、姉兄たちも忙しく
手伝い、祖父は弟の面倒を見ていた。
「朝起きたら顔を洗い、手も綺麗にしないと恥ずかしいことなんだぞ」
そう言いながら夜明けと共に起きて、朝仕事から戻った父が私に教えてくれた。
そんな環境の中で、家の側に流れていた小川のドジョウに興味が湧いてビショビショになって遊んでいた。
田んぼがあった、まだ植えて15、6年のリンゴ園、季節ごとに咲く花畑、熊が出た話、スズメが飛び、田んぼの米をついばむ姿に苦戦していた。
我が家は祖父母、父母、姉が4人、兄、弟、私の11人家族だった。
成長するに連れて、手伝いばかりだった思い出。でも飢えた事はなかった。
白米を常時食べれたのが小学5年頃。
長姉が女中さんに行って、その給金で買ってくれたランドセル。
じょじょに学校へ行き、視野が広がる中で、(家族誰もがこんなに働いているのに、どうして我が家では大学に行けないのだ?)
そんな環境の中で社会の全容を見ることが出来なかったが、私の心の中は様々な疑問で一杯だった。
人生を振り返って見ると、今も疑問を持って生きている。
珍しい存在かもしれません。
多くの方々は、仕方がないとその場にうずもれてしまっている。
年を取ると身体が動かなくなるのは当然のこと。だから病院に行く。
いよいよ動けなくなったら施設へ。
けれど人生100年時代。動けなくなって死ぬまでの時間が長すぎます。
そこで社会の全てに目を通して、目覚めるための起爆剤になるのが(れいわ)
だと思います。
社会のありようを分かりやすく、真実を教えてくれる。
何事も真実を知らなければ今後どう生きるか?を、選択できません。
本当かな?人任せにしない個々の人生を。
それが次の世代にも伝わるかな?。