信じてはいけない人

パートナーとの生活の中には、
吹き出したくなるような逸話があります。
 
東京育ちで庶民生活など知らない、
ましてや田舎生活など無縁の人でした。
 
ですが、山菜採りやキノコ採りが私同様大好きで、牧場の仕事の合間に良く出かけていました。
 
9月末の事でした。
「きのこは、あるかな?」
こればかりは、行って見なければ分かりません。
 
出掛けた場所は、車で10分程の奥地で、
道路脇にカラ松林があります。
その手前には、整備された牧草地が広がり
茶色と白の色をした数十頭の肉牛が
悠然と草を食んでいました。
 
珍しいことに、落葉キノコの豊作でした。
その上、白シメジも列をなして生えています。
道路から10メートル程奥の林には、山ぶどうも実っていました。

明らかに熊が食べたらしく
山ぶどうの木は引きずられて垂れ下がり、
食べ残しのぶどうが根元に散乱していました。
チョコレート色の、熊の糞らしきものもありました。
山ぶどうの近くの白シメジは、頭をほとんど食いちぎられ、
その周りには、人間の長靴のような足跡が
地面に深くめり込んで、奥へと続いていました。
 
少し離れた所から
「グアー!」
「グオー!」
と、森中に響きわたる獣の声。
「熊じゃない?」
私は、キノコを採る手を休めて振り返った。
当時、登別温泉のクマ牧場を見学したことがあり、
その時に聞いた声にそっくりでした。
 
「違うよ!来る時うしがたくさんいたろ!あの声だよ!
 柵から逃げ出した、きちがいうしが騒いでいるんだ!」
自信たっぷりに、声高に断言して
「だれだー、こんな勿体ない取り方してー」
と、キノコ採りに夢中のパートナー。
 
余りの自信あるコメントに、私も頭を傾げながらも従った。
さほど遠くとは思えないが、四方を見渡しても何の姿も見られない。
だが、吠えるような叫び声が森中を駆け巡っている。
 
半信半疑ではあったが
そのままキノコ採りを続行した。
 
後日、知人の1人が訪ねて来ました。
「Ýさん、熊獲ったけど熊の毛皮いるかい?
 前に、欲しいって言ってたよねぇ」
 
馬小屋の掃除の手を休めて、パートナーは話を聞いている。
「ああ、欲しいよ!ところでどこで捕ったんだい?」
嬉しそうな声。
 
驚きました!
聞くところによると、まさにキノコ採りに行っていた場所でした。
熊は、トラックの荷台いっぱいの大きさだと言う。
 
「ところで、熊の皮で何するのさ?」
「僕ね、北海道に来たら熊の皮でオーバーと帽子作るの夢だったんだー。
 格好いいだろう?」
 
とんでもない話です。
 
「ええ‼止めとけ!そなん姿でウロウロしたら間違いなく撃たれるって!」
知人の声が、急に大きくなった。
加えていたタバコが落ちて、慌てて靴でもみ消している。
 
「そうかなぁ?」
パートナーは、腕組みして考え込んでいる。
「撃たれるって!間違いなく撃たれるって!」
知人はそう、叫んだ!
 
「撃たれて死んだら、俺の責任になるべ!」
「ダメかい?」
 
嚙み合わない会話が続いていたが
知人は頭を幾度もフリながら戻って行った。
 
「あの時の声、熊だったとはなー」
知人を見送り、そう呟くパートナーに
側にいた私も呆れ、
ゾッとした。
 
この人は、ホントは何も分かっていないんだ!
(学問は、別にして)
それなのに、あの時よくもきちがいうしと、
断言できたものだ!
 
この人を信じると、とんでもない事になりそう。
私は、未来の自分を想像してそう思った。