助けてくれ!

結婚して間もない頃、だったでしょう。

馬の世話に明け暮れながらも、何でもするパートナーが
午後から屋根のペンキ塗りをする)と私に告げたのです。
その頃、瘦せて病弱だった私は、牧場の手伝いはしていましたが、
よく横になって休んでいました。(いまでは、別人ですが)
手抜きばかりとはいえ家事担当は私、20代前半の私は
20歳の年齢差があるのですから、パートナーは全て分かっている、
(出来る!)と、思い込んでいました。
それでも、屋根に梯子を掛けて登るのですから、
医学博士のパートナーにはチョット無理のような気がして
「梯子、おさえようか?」
と、私。
すると、もともと優しい彼は
「大丈夫、大丈夫、休んでなさい!」
私を気づかっての事(休ませたい!)とよく分かっていました。
それと以前、ペンキ塗りを目撃していた私は、その手際の良さに感心していましたから、本当に大丈夫だと思ったのです。
そんな時は決まってアメリカ留学時の話を聞かされたものです。
「むこうでは、教授もよくペンキを塗っていたよ!」
ふと何か考え込む様な眼差しで、遠くを見ていました。
きっと思い出のページを辿っていたのでしょう。
 
私は、台所に立ちながら外の様子を伺っていると、
パートナーは梯子を軽々と担いで玄関に向かっていました。
 
私は、昼食の後かたづけをすませ、しばらくテレビに気をとられていましたが、ふと、イヤな予感がしました!
時間がかかり過ぎるわ!
何時ものコーヒータイムになっても、コーヒー好きのあの人が来ないのは何かへんです!
耳をすませば、遠くの方から誰かが騒いでいる様な気配です。
何かあったのでは?!
 
慌てて戸外へ出ると
「助けてくれー!助けてくれー!」
と、大きな声がしているではありませんか!
「助けてくれー!」
勝手口から急いで声のする方へ向かうと
玄関の屋根に掛けてある梯子の上部に足をかけ、
屋根の軒に手をのせて片手にペンキの入った缶をぶら下げたまま、
しがみついているじゃありませんか!
「大丈夫!?」
すぐさま駆け寄って梯子を押さえると
「アー、危なかった!後一センチ、後一センチで、梯子が外れる所だったよ!」
見上げると、本当に一センチ程で梯子は保たれていたのです!
パートナーは、肩で息をしながら下りて来ました。
「あー、本当に助かったよ!ありがとう!」
まるで、少年の様に頬を赤らめ爽やかに礼を言う。
本当に面白い人です。
 
私は、その時少しだけ分かりました!
この人はペンキは塗れても、梯子をかけるのはへたなんだ!と。
これもまた共に生活を重ねるうちに明らかになって行く、
様々な出来事のひとコマでした。