36号線の男

もうあれから50年の月日が流れましたが
今でも、忘れられない光景があります。
 
その頃、S化粧品会社に勤めていた私は、主にその人に会うのは
汽車に乗る苫小牧から千歳間の駅、時には列車の中だった。
 
60代半ばぐらいで、一見労務者風、洗いざらしたグレイの作業着姿で
冬なのにコートは羽織っていなかった。
頭は白髪まじりでボサボサ。
さほど背は高くなく、何時も地面を見ている。
そして、タバコの吸い殻を見つけると
拾っては擦り切れた上着のポケットに収めていた。
それだけならさほど気にもならなかったが、
時折正面を見て歩いている顔を見て仰天した!
 
なんと!
両方の鼻の穴にどうしたらこれほど上手に、
これほど多くのたばこの吸い殻を詰め込む事が出来るのだろうか?
鼻の穴がこれ程大きく広がるものだろうか?!
パンパンに押し込められ黒く焦げた吸い殻は、
まるで一本一本が生きて自己主張している様にも見えた!
吸い殻は、鼻の穴にぶら下がり少しでも自分の場所を広げようと
暴れている様でもあった。
吸い殻でバンと膨れ、せり出した異常な鼻は
誰の目から見ても奇異に見えた!
すれ違う人々は驚き軽く後ずさりしたり、振り返り、
ただずんで見送る人さえいた。
しかし、とうの本人は、軽く口を開け平然と歩いている。
 
私達は、時折その異様な光景に遭遇すると只々驚くばかりだった!
だが私は、その奇怪な顔を正面から見て笑うのは失礼と思い、
目一杯堪えていた。
とはいえ、姿が見えなくなると、どっと笑いがこみ上げて来るのを
抑える事が出来なかった。
「今の、見た!」
「見た!」
すれちがった後は、決まって堪えきれずに同僚と肩をつっつき合って
笑い転げた。
 
タバコが好きなのは、分かります。そして、拾うのも分かります。
その人、その人の懐具合は違いますから。
でもそれを吸うのではなく、鼻にあれほど多く詰め込む人に会ったのは
今まで生きて彼だけです。
 
世の中には、本当に様々な人が居るものですね。
いつしか、私達は近くの国道36号線にちなんで彼を(36号線の男)と呼ぶようになっていました。
その人に遭遇したのは、およそ一年間ぐらいだったろうか?
いつの間にか見かけることもなくなり、仲間同士で
「あの人、どうしたんだろう?」
と、時折り話題に上った人である。
あの人は、一体どんな人生を送られたのでしょうね?