ダメな子

建前があったのは小学校入学前の夏の日だったろう。
そこは大好きな伯母の家の近くで、清んだ川が流れ、橋を渡った所だった。
(新築祝いの餅まきが間もなく始まる!)
時計を見ながら母は私を伴って足早に歩く。
幼い私はそれに遅れまいと小走りで付いて行った。
「M子、餅が落ちてきたらサッと拾うんだよ!」
「急がないとみんな拾われてしまうからね!」
連れ立ってその場に向かう途中、そう教えられた。
私は(それって急がないとダメ!って事なのね)そう理解して頷いた。
 
我が家から歩いて20分。
その場に着くと道路脇の今までの母屋の裏手に
二階建てであろう柱の骨組が大地にしっかりと立っていた。
そして明らかにその二階建ての床になるだろうと確信できる場に
幾人もの人が餅を入れた大きな入れ物を運び上げている。
 
顔見知りの母の友達と同い年の男の子もいた。
再会に母は実に嬉しそうだった。
「お母ちゃん久しぶり、元気だったかい!?」
「小母さんも・・・!」
こんな会話があちこちで交わされ賑やかだった。
老何男女3,40人が今か今かと餅まきを待ちわび、活気にみちていた。
何やらその二階でお酒が備えられ、厳かにお参りをしているのが見えた。
 
その後間もなく餅まきが始まった。
「こっちだー!」
「おおー!いくぞー!」
餅が天から降ってきたようにバラバラとまかれた。
皆キャーキャーワァーワァー、大声を上げ身体をぶつけ合うように拾っている。
母も知り合いの人達と言葉を交わしながら、まかれてくる餅を手際よく拾っていた。
私の側にも餅が落ちた。
「そこ!そこ!」母の声。
が、誰かにサッと拾われてしまった!
何度も拾うチャンスはあったがダメだった。
「M子、お前はダメな子だね!
 そしたらスカートを広げてそこに立ってなさい!
 小父さんがまいてくれる餅、一つぐらいはスカートに
 入るかもしれないよ!」
早口でのアドバイスだった。
今思えば、紅白の餅が勢いよくまかれ、その度に我先に飛びつく人々に
おっとりした私は場違いの存在だった。
運動の苦手な私は身体を使って誰かと競う事の出来ない子だったのだ。
それでも母の言葉は的中した。
宙を飛んで餅が一つ私のスカートにポンと入ったのだ!
 
(ヤッター!)
私にはその赤い餅が光り輝いて見えた!
小さな手に餅を一つ握りしめ、まだまだ餅まきは続いていたが
ただ眺めていた。
そこまでしなくても時には奇跡の様な事は起こるものなのよ。
そう思って一人微笑んでいた。